ガバメントクラウド(政府クラウド)とは?概要などを解説
政府が推進するガバメントクラウドは、近年、大規模なITプラットフォームとして注目を集めています。本記事では、このガバメントクラウドの概要や目的について詳しく解説していきます。
政府機関や公共団体にとって、このプラットフォームがどのような価値を持ち、なぜ導入が進められているのか、その背景にあるニーズや要因についても紹介します。
ガバメントクラウドとは
ガバメントクラウド(Gov-Cloud)とは、行政システムを統一したクラウド上に集約し、全ての行政機関が共同利用可能なITプラットフォームです。「政府クラウド」と呼ぶこともあります。
ガバメントクラウドは全ての行政システムを一つのクラウド環境に統合し、その効率化を図るものです。政府は2025年度末までに、全ての自治体が対象業務データをガバメントクラウドへ移行することを目指しています。
ガバメントクラウドの仕組み
次に、ガバメントクラウドの仕組みについて解説します。
ガバメントクラウドでは、国が共通のクラウドプラットフォームを整備し、提供します。また、システムに必要な機能もコンポーネントとして共通化(IaaS, PaaS, SaaS)することでシステムの導入や運用コストを削減することが期待されます。
ガバメントクラウドが導入された背景
ガバメントクラウドが登場する以前は、行政機関は業務システムの開発や保守運用を個別に行ってきました。
しかし、提供するサービスの利便性や安全性にはバラつきがあり、これが長らく問題視されてきました。
例えば、2020年11月、厚生労働省では各労働局とハローワークで使用していた「ハローワークシステム」の機器更改を実施した際に、旧サーバのバックアップ媒体を紛失しています。バックアップ媒体には個人情報が含まれていました。
また2021年には内閣府職員等が利用する「ファイル共有ストレージ」に対する不正アクセスにより個人情報が流出しています。
過去には(2015年)日本年金機構にサイバー攻撃があり、125万件以上の年金情報が流出した事件もありました。
そうした状況の改善に向け、国や地方公共団体などが利用できる共通のクラウドサービス環境を整えようと、ガバメントクラウドが発足しました。
また、クラウド活用の背景には「デジタル・ガバメント実行計画」も大きく寄与しています。2018年に政府が発表したこの計画の中で「行政情報システムのクラウド化(クラウド・バイ・デフォルト)」が打ち出されています。
デジタル庁が公表している「自治体DXの取組に関するダッシュボード」でも市区町村でのAI活用が前年比+9.6%、RPAの導入が+7.3%となっているなど、日本全体でデジタル化の動きが強まる中、政府は膨大なデータを管理し、各種手続きをオンライン化するための大規模な IT プラットフォームが必要とされるようになりました。
こうした要請に応えるため、ガバメントクラウドが登場したのです。
クラウド・バイ・デフォルトについてはこちらで詳しく紹介しています。
政府が推進するクラウド・バイ・デフォルト原則とは?導入によって企業はどう変わる?
ガバメントソリューションサービス(GSS)との違い
ガバメントクラウドと似たようなサービスとしてガバメントソリューションサービス(GSS)があります。
GSSはデジタル庁の公式ページでは以下のように定義されています。
政府共通の標準的な業務実施環境(業務用PCやネットワーク環境)の提供を行います。最新技術を採用し、各府省庁の環境の統合を順次進めることで、行政機関の生産性やセキュリティの向上を図ります。(デジタル庁公式ページより)
ガバメントソリューションサービスとガバメントクラウドは、「政府共通の環境を提供する」「デジタル庁が一元調達する」といった共通の性質を持っています。
では、GSSとガバメントクラウドの違いは何でしょうか。
ガバメントソリューションサービス(GSS)は主にPCやネットワークを中心とした業務の実施環境(サービス)を提供する一方で、ガバメントクラウドはクラウドの利用環境を提供するため、それぞれスコープが異なります。
しかしながら、どちらも「政府共通インフラの整備・統合」という目的に向けて、欠かすことのできない機能です。
ガバメントクラウドのメリット
次に、ガバメントクラウドを導入することによるメリットについて解説します。
サーバー構築・運用コストを削減できる
ガバメントクラウドを導入することで、各庁舎内にサーバーを設置する必要がなくなります。
その結果設置に伴うコストが削減されます。
さらに、ハードウェアやソフトウェアを自前で所有する必要がなくなるため、ライセンス更新やバージョンアップに伴う対応などの管理コストも削減されます。
また、情報セキュリティ対策もガバメントクラウドが実施するため、自治体側での対応が不要となります。
データの連携が容易になる
ガバメントクラウドへの移行は、政府や自治体にとどまらず、公共サービスの利用者である国民にもメリットがあります。
デジタル庁は2025年度中に公共サービスメッシュの本稼働を目指しています。
公共サービスメッシュとは、行政が持つデータの活用・連携を迅速にするための新たな情報連携基盤です。公共サービスメッシュを通じ、さまざまなシステム同士が安全・円滑に連携できるようになります。
公共サービスメッシュの概念として、タテの連携(行政機関とフロントサービスの連携)とヨコの連携(行政機関間の情報連携)があります。
タテの連携とは、自治体が保有する住民情報を、サービス利用者が使うフロントサービスで活用する仕組みです。これには、地方公共団体の基幹業務システムを統一・標準化し、ガバメントクラウドを利用することが含まれます。
標準化に適合した自治体は、容易にデータをフロントサービスに連携でき、住民へのサービスが効率化されます。
ヨコの連携とは、行政機関同士が情報を共有し、効率的に連携する仕組みです。
マイナンバー法に基づいて情報のやり取りを進め、高性能・低コスト・安全性の高いシステムを目指します。
この取り組みにより、行政が持つデータを活用・連携することで住民のサービス体験が向上し、自治体職員の業務が効率化され負担が軽減されるだけでなく、国全体のコスト削減も期待されます。
拡張の自由度が高く情報システムの迅速な構築ができる
従来、地方自治体がオンプレミスでシステムを運用する際には、システムの構築時間や拡張性の低さが課題視されていました。しかし、ガバメントクラウドが提供する機能を活用することで、情報システムの迅速な構築や柔軟な拡張が可能となります。
また、サーバーの増強や、耐障害性を踏まえた冗長化なども、クラウドであれば迅速に対応することが可能です。このように、ガバメントクラウド化されることでアプリケーション、インフラ双方にメリットがあると言えます。
そして将来的には、自治体の主要業務に関するアプリケーションがガバメントクラウド上に統合され、自治体が最適なソリューションを選択できる環境が整備される見通しです。
各団体の運用負荷が減少する
また、各自治体で管理しているシステムの維持保守の負荷減少も見込めます。
従来では法令や制度の改正がある度に各自治体で対応が必要でしたが、ガバメントクラウドによるシステムの共同利用が進むことで、自治体間の情報システムの差異が是正され、システムの要件変更伴う開発負担が軽減されることが期待されています。
さらにガバメントクラウドでは、従来はシステムごとに異なる形式で保持されていたデータが標準化・共通化され、クラウド上に格納されます。
その結果、異なるシステム間での連携しやすくなります。これにより、他のベンダが提供するシステム間への移行が容易になるだけでなく、システム間でのデータのやり取りもスムーズに行えるようになります。
ガバメントクラウドのセキュリティ要件
ガバメントクラウドは、住民基本台帳や税金関連のデータなど、重要なデータを取り扱うことから、万全なセキュリティ対策が不可欠です。
ガバメントクラウドに対するセキュリティ要件は、ISMAP(イスマップ)という評価制度を通じて設定されています。
具体的に、政府はガバメントクラウドに対して以下のような基準を掲げています。
- 不正アクセス防止やデータ暗号化などにおいて、最新かつ最高レベルの情報セキュリティが確保できること。
- クラウド事業者間でシステム移設を可能とするための技術仕様等が公開され、客観的に評価可能であること。
- システム開発フェーズから、運用、廃棄に至るまでのシステムライフサイクルを通じた費用が低廉であること。
- 契約から開発、運用、廃棄に至るまで国によってしっかりと統制ができること。
- データセンターの物理的所在地を日本国内とし、情報資産について、合意を得ない限り日本国外への持ち出しを行わないこと。
- 一切の紛争は、日本の裁判所が管轄するとともに、契約の解釈が日本法に基づくものであること。
- 政府機関等からの開示請求に応じ、当該請求に係る異議申し立て等に対応すること。また、主権免除の適用について当該外国政府機関等に通知すること。
- その他IT室が求める技術仕様(別途ガバメントクラウドを提供するクラウド事業者の調達において提示)を全て満たすこと。
出典「地方公共団体情報システムの ガバメントクラウドの利用に関する基準 | デジタル庁」
ISMAP(イスマップ)とは
ISMAP(イスマップ)とは、日本政府が導入したクラウドサービスのセキュリティ評価制度で、「政府情報システムのためのセキュリティ評価制度(Information system Security Management and Assessment Program)」の略称です。
この制度は、政府が求めるセキュリティ要件を満たしているクラウドサービスを、有識者委員と制度所管省庁で構成されたISMAP運営委員会が評価・認証することで、クラウドサービス調達におけるセキュリティ水準の確保、かつ円滑な導入を進めることを目的としています。
ガバメントクラウドの対象クラウドサービス一覧
ガバメントクラウドを選定するための公募において、2021年度には「Amazon Web Services(AWS)」と「Google Cloud」が、2022年度には「Microsoft Azure」と「Oracle Cloud Infrastructure」が、そして2023年度にはさくらインターネットの「さくらのクラウド」が選定されました。
この結果、現在は5つのサービスがガバメントクラウドの対象となっています。
以下では、これら5つのサービスの概要や特徴について説明します。
Amazon Web Services(AWS)
Amazon Web Services(AWS)は、Amazon社が提供するクラウドサービスで、2006年のサービス開始以来、順調に利用者数を増やし、現在では世界最大のシェアを誇るサービスに成長しています。
AWSには200を超える多彩なサービスが提供されており、代表的なものとしては、仮想サーバーである「Amazon EC2」、オブジェクトストレージサービスの「Amazon S3」、そしてサーバーレスコンピューティングサービスの「AWS Lambda(ラムダ)」が挙げられます。
AWSの特長は、拡張性や高い可用性にあり、さらに日本語によるサポートも充実しています。
Google Cloud
Google Cloudは、Google社が提供するクラウドサービスであり、Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azureと並んで、3大クラウドサービスの一つとされています。
主要なサービスとしては、オブジェクトストレージサービスの「Cloud Storage」、ビッグデータ解析ツールの「BigQuery」、AI/機械学習サービスの「TensorFlow」や「AI Platform」が挙げられます。
Google Cloudは安定性の高いインフラ環境を提供しており、データ処理速度にも定評があります。
Microsoft Azure
Microsoft Azureは、2010年に開始されたMicrosoft社のクラウドサービスです。WindowsやMicrosoft 365、SharePointなどのMicrosoft社製品との親和性が高く、アプリケーションの連携や移行が容易な点が特徴です。
主要なサービスには、仮想マシンである「Azure Virtual Machines(Azure VM)」、アプリケーション開発に適した「Azure App Service」、オブジェクトデータのストレージサービスである「Azure Blob Storage」、そしてデータベースとしての「Azure Cosmos DB」などがあります。
Oracle Cloud Infrastructure
Oracle Cloud Infrastructureは、Oracle社が2016年に導入したエンタープライズ向けのクラウドサービスです。
主なサービスには、クラウドデータベースの「Autonomous Data Warehouse」、データ分析ツールの「Oracle Analytics Platform」、そしてAI/機械学習サービスの「AI Services」が含まれます。
Oracle Cloud Infrastructureは、Oracle独自の「RAC(Real Application Clusters)」機能を備えており、障害に強く、オンプレミスからのクラウドへの移行がスムーズに行える特徴があります。
さくらのクラウド
「さくらのクラウド」は国内企業であるさくらインターネット株式会社が運営しているクラウドサービスです。
さくらのクラウドが選定されるまでは上記の通り外資系のクラウドサービスのみが選定されていました。その結果、日本のデータを海外拠点のデータセンターで管理されるのではないかという不安の声や国内のサービスが育たないのではないかといった声が上がり、デジタル庁の市場調査に対しても、国内企業が参入できるように要件の緩和や変更を求める声が集まっていました。
このような動きを受けて、デジタル庁は条件を緩和する方針を示し、さくらのクラウドが採用されるに至りました。
ガバメントクラウドが抱えている課題
ガバメントクラウドの導入にあたってはいくつかの課題も存在します。
ここではガバメントクラウドが抱えている課題について解説します。
移行期間が短い
まず1点目の課題は、移行期間が短いという点です。
ガバメントクラウドの移行計画は2023年から開始し、2025年までに完了させる予定です。しかし、リソースの逼迫などから移行期間が短いのではないかという懸念もあります。
オンプレミスに構築されているシステム・サービスをクラウドに移行するためには、データの移行作業やテストなどが必要です。
丸ごとシステムを移行することになるため、開発規模も大きくなることから、移行期間が短すぎると完遂しきれないリスクが発生します。
また、開発リソースだけではなく、サービスを利用する自治体の職員のリソース不足も懸念されます。
彼らは業務システムの管理だけでなく、市民向けのサービスの運用・改善、現在稼働中の独自の業務システムの運用保守、その他さまざまな業務に日々忙殺されています。
このような現業を抱えつつ、移行に伴う業務観点でのテストを実施していく必要があります。
移行経費がかかる
次に挙げられる課題が移行に伴う経費です。
クラウドに移行するためには専門知識を有する担当者をアサインしたうえで、設計や開発をする必要があります。
これらの移行のためにはコストが相応にかかることが予想されます。
実際、多くの自治体が、ガバメントクラウドへの移行には財政負担が重いと指摘しています。このため、自治体は政府からの支援を求めています。
これを受けて政府では2025年度までにガバメントクラウド上に構築された標準準拠システムへの移行を支援するために、地方公共団体情報システム機構(J-LIS)に基金を設けて自治体の取り組みを支援することにしています。
ガバメントクラウドの活用事例
次に、ガバメントクラウドに関する活用事例を取り上げていきます。
先行事業として移行が進んでいる自治体
デジタル庁は、2021~2022年度にかけて、自治体がガバメントクラウドを活用した標準準拠システムを安心して利用できる環境を構築するための取り組みとして、ガバメントクラウドへの移行に関する課題の検証を行いました。
このプロセスでは、自治体からの公募を受け付け、応募52自治体の中から、以下の8団体が採択されました。なお、ガバメントクラウドはAmazon Web Services(以下、AWSと記載)が採用されています。
ここでは、これらの事例の中からいくつか紹介していきます。
- 兵庫県神戸市
- 岡山県倉敷市(香川県高松市・愛媛県松山市と共同提案)
- 岩手県盛岡市
- 千葉県佐倉市
- 愛媛県宇和島市
- 長野県須坂市
- 埼玉県美里町(埼玉県川島町と共同提案)
- 京都府相楽郡笠置町
神戸市の移行事例
神戸市は政令指定都市として、ガバメントクラウド先行事業に唯一採択されました。
このプロジェクトでは、神戸市は基幹システムのデータ連携基盤や住民記録システムをAWSのガバメントクラウド環境に移行し、課題を検証しました。
また、東京リージョンと大阪リージョン間で「DR環境」(災害時を考慮した予備の環境)を構築し、災害対策を強化したことで、ガバメントクラウドの利点を再認識できたという事例でもあります。
このように、複数拠点で簡単に冗長化したシステム構成を構築することができるのもクラウド化することのメリットと言えます。
盛岡市の移行事例
盛岡市は、総務省主導の自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画に基づき、業務の効率化と市民の利便性向上に取り組んでいます。この計画の一環として、デジタル庁のガバメントクラウド先行事業にいち早く参加し、基幹システムの一部をAWS環境に移行しました。その結果、全体コストを8%削減し、事業継続計画も実現しています。
盛岡市は、DX推進計画の中で、デジタル技術やデータの活用、行政手続きのオンライン化などを進めるため、5年間の計画を策定しました。その中で、ガバメントクラウド先行事業に積極的に参加し、AWSを活用しています。
移行プロセスはスムーズに進み、本番システムはAWS上に構築されました。また、災害時の事業継続計画も整備され、遠隔地バックアップも実現しました。
移行対象となるシステムを厳選し、協力会社との協業のもと、無事に移行が完了しました。そして、ガバメントクラウドの活用により、費用削減やシステムの効率化が実現されました。
今後のガバメントクラウドの動向に注目
今回はガバメントクラウドの概要と、メリットや課題などについて解説しました。
2025年末までには、全ての地方自治体が原則としてガバメントクラウドの活用を開始する予定です。
しかし、現在も依然として多くの課題が残り、先行きが不透明です。この取り組みは民間企業とも密接に関係しており、デジタル化を進めていくことが不可欠です。
また、行政の手続きは一人一人の生活にも深く関わっているため、今後のガバメントクラウドに関する動向にはしっかりとアンテナを張っておきましょう。
[筆者プロフィール]
Kochos
システムエンジニア兼ITライター。金融系アプリケーション開発を本業としながら、システムコンサルタントとしても活動中。システム技術に関するノウハウについて初心者にも分かり易い言葉で執筆しています。