オンプレ回帰が増える理由とは?「ハイブリッドクラウド」の有効性も解説
クラウド移行に乗り出す企業が増える中で、パブリッククラウド上に移行したシステムをオンプレミスへ戻す、いわゆる「オンプレ回帰」を行う企業も見られるようになりました。まさに今、企業にとっては自社に最適なITインフラを選択する重要な局面に差し掛かっていると言えるでしょう。ここでは「オンプレ回帰」の動きが生じる背景を踏まえ、ハイブリッドクラウドの有効性を解説します。
クラウド移行の現状と「落とし穴」
7割以上の企業がクラウドを利用
クラウド活用に出遅れたと言われていた日本でしたが、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進の流れやコロナ禍を受けて、システム構築・更改時にクラウドサービスを最優先で検討する「クラウドファースト」の考え方が定着し、今では多くの企業がクラウドを積極的に活用するようになりました。
クラウドファーストとは?注目される背景、導入の効果、注意点を解説
実際、ガートナーが2023年4月に実施した、日本におけるクラウド・コンピューティングの導入状況に関する調査によると、SaaS(Software as a Service)の導入率が35%、PaaS(Platform as a Service)が25%、IaaS(Infrastructure as a Service)の導入率割合が24%となっています。また、総務省が2023年5月に発表した「令和4年通信利用動向調査」によると、クラウドを一部でも利用している企業の割合が、2020年には58.7%でしたが2022年には72.2%に上昇するなど、利用している企業の数は着実に増え続けています。
クラウドのメリットを十分に得られないケースも
しかし、クラウドをやみくもに活用するだけでは、導入の効果を最大限に引き出すことはできません。システムの構成や運用方法を見直さなければ無駄なランニングコストが発生する場合があります。
また、移行を検討しているシステムがクラウドに適しているかどうか確認することも重要です。例えば、社会の重要インフラや工場の制御・実行系のシステムをパブリッククラウドで運用することは難しいでしょう。また、機密性が極めて高いデータを扱う企業の基幹系システムなども、セキュリティやガバナンスの関係からパブリッククラウドが適さない場合もあります。業界によっては、特有の規制やコンプライアンス要件が求められることがあります。
ほかにも複雑なカスタマイズが必要なシステムや、遅延が許されないシステムについても同様です。
つまり、クラウドの特性やクラウド化の本質を十分に理解せず、「世の中の流れだから」「運用コストを抑えられそう」などという理由で無計画にクラウドを選択すると、後でしわ寄せが来ることになりかねません。
オンプレ回帰の機運が高まる4つの理由
これらの「落とし穴」にはまった結果として、現在、一度クラウド上で構築したシステムをオンプレミスへ戻す「オンプレミス回帰」という現象が、国内外で見られるようになっています。
オンプレ回帰の現状
エイチシーエル・ジャパンが2023年12月に国内の企業のマネジメント層150人を対象に実施した「クラウド活用に関する実態調査」によると、「クラウドの導入が役立っている」という回答が8割を超えるなど、調査全般ではクラウドへの肯定的な意見が多く聞かれました。しかし、その一方で、全体の52.7%が「今後3年以内に勤務先のIT環境の一部をクラウドから従来のオンプレミスへの移行を予定または検討中」と回答しています。
またノークリサーチが2024年3月に実施した調査を基に発表した「2024年 中堅・中小企業のサーバ環境におけるクラウド移行とオンプレ回帰の実態」によると、中堅・中小企業のサーバ環境においてクラウドは既に主要な選択肢の1つとなっているものの、IaaS/ホスティングからオフィス内設置に移行するケースは既に存在しており、今後もオフィス内設置の形態で導入されるサーバの1割弱は、IaaS/ホスティングからの「オンプレ回帰」になると予想されています。
オンプレ回帰が発生する4つの理由
オンプレ回帰が発生している主な理由としては、以下の4つが挙げられます。
- 想定以上のコストが発生する
- 期待したパフォーマンスが得られない
- セキュリティの要件を満たせない
- クラウドに精通した技術者が確保できない
それぞれの項目について、以下で詳しく解説します。
想定以上のコストが発生する
契約当初は利用コストが抑えられると考えるかもしれませんが、ここで押さえておくべきは、多くのパブリッククラウドが従量課金制であるということです。システムの運用にあたって、扱うデータそのものの量やデータの通信量が多ければ多いほど、費用もかさみやすくなります。
また、システム構成がクラウドに最適化されていないと、そもそも運用コストを抑えることはできません。さらに海外ベンダーのパブリッククラウドを利用する企業は、長引く円安によって契約を更新するたびに利用コストが大きく跳ね上がっているのが現状です。
期待したパフォーマンスが得られない
パブリッククラウドは、クラウド事業者の環境上にサーバやネットワークが存在し、それらを複数の企業で共有するという性質上、パフォーマンスを自社でコントロールできないことがあります。またインターネットを介するためネットワーク通信がパフォーマンスに影響を与えます。
もちろん、SLAによって一定のサービスレベルは保証されていますが、クラウド環境に移行した後、従業員から「出社時にシステムにログインできないことがある」「アプリケーションのレスポンスが遅くなった」などというクレームが発生することもあります。
実際に、大手ベンダーが提供するパブリッククラウドでは、年に数回は一般のニュースに取り上げられるレベルでの大規模な障害が発生しているのが実情で、その際はただ復旧を待つしかありません。パフォーマンスを期待していた企業にとっては、物足りなさを感じる可能性があります。
セキュリティの要件を満たせない
クラウド環境におけるセキュリティ対策はベンダーが運用するものという認識している企業も見られますが、実際はベンダーとユーザー企業がそれぞれの責任範囲において役割を分担し、作業を実施する「共同責任モデル」で運用されます。この責任範囲は、IaaS、PaaS、SaaSなどクラウドの種類によって異なります。
クラウド運用における責任共有(共同責任)モデルとは?Microsoft Azureを例に解説
IaaSであればインフラのセキュリティを、PaaSであればミドルウェアのアップデート対応を任せられるという利便性はあるものの、例えばデータそのものなどに関してはユーザー企業自身の責任で守らなければなりません。機密性の高い重要データを守るためにはプラスアルファの対策が求められますし、ユーザー側の設定ミスでセキュリティ事故が発生したという問題も多発しています。
クラウドに精通した技術者が確保できない
国内では慢性的なIT人材不足が続いており、クラウドに精通した技術者を確保するためには、新たなクラウド人材を採用したり、従来のオンプレ技術者を再教育(リスキリング)したりする必要があります。多くの企業がDX人材と合わせてクラウド人材の育成を急いでいますが、人材は簡単に育成できるものではありません。その結果、適切な方法でクラウドを運用できず、期待したパフォーマンスも得られずに「自社にとってはクラウド化が間違っていた」という誤認が生じてしまいます。
オンプレ回帰を選択した企業の事例
オンプレ回帰に関しては、ストレージサービス事業者の事例が有名です。同社は2015年に大手パブリッククラウドの利用を取りやめ、データをオンプレに戻してストレージサービスを運用しています。
国内においては、あるEC事業者がオンプレ回帰を進めています。主力事業に加え、金融や海外子会社などの傘下企業にもプライベートクラウド環境への移行を優先する方針であるとのことです。
オンプレ回帰と併せて検討したいハイブリッドクラウド
「オンプレかクラウドか」の二元論で考えてはいけない
このオンプレ回帰という動きは、クラウド活用そのものを否定するものではありません。ITベンダーやメディアがアイキャッチに「オンプレ回帰」を掲げることが多くなりましたが、オンプレとクラウドはどちらがよいのかという単純な二元論で考えることは得策ではなく、現実的には適材適所での活用が求められます。
例えばガートナーでは、「2024年に向けて日本企業が押さえておくべきクラウド・コンピューティングのトレンド」の1つに「オンプレ回帰」を示していますが、並行して「Newオンプレミス」というキーワードを掲げています。「Newオンプレミス」とは、従来型のシンプルなスタックから構成されるオンプレミスではなく、クラウドネイティブの要素を取り入れた「新しいオンプレミス」を意味します。ここからも、クラウドとオンプレは両立できるものであることが分かるでしょう。
クラウドに普及に合わせて「クラウドは使えるのか?」「オンプレミスかクラウドか」という議論が長らく続きましたが、これからは「Oldオンプレミス+Oldクラウドか」、それとも「Newオンプレミス+Newクラウドか」の議論が重要になってくるとガートナーは説明しています。
クラウドとオンプレを組み合わせたITインフラの活用が求められる
企業がこれから求められるのは、クラウドとオンプレを組み合わせてどちらも活用することです。
先述の通り、オンプレ回帰の際は、単に時計の針を戻してITインフラを従来のようなOldオンプレミスに戻す、例えばサーバとストレージ、ネットワークの3層型アーキテクチャーで構築し直すという選択肢しか残されていないわけではありません。柔軟な仮想化基盤を活用した拡張性に優れたITインフラやクラウドの要素を取り入れたアプリケーション開発、運用管理の自動化などを採用し、ITモダナイゼーションを実現したポジティブなオンプレ回帰、つまりNewオンプレミスへの移行を検討すべきです。
また、新たな選択肢となるのがオンプレミスとクラウドの双方のメリットを享受できる「ハイブリッドクラウド」の体制です。ハイブリッドクラウドとは、オンプレとクラウドを組み合わせて1つのシステムとして統合的に運用する形態のことです。
オンプレのカスタマイズ性・堅ろうなセキュリティとレスポンスの速さという優位性を保持して重要なデータやワークロードは専用環境で運用し、クラウドサービスを適材適所で活用して自社の事業環境やデジタル環境の変化に対応することが望ましいでしょう。
オンプレ回帰/ハイブリッドクラウド構築に有効なHCI
市場では、そのようなNewオンプレミスやハイブリッドクラウドの構築を可能とする技術やソリューション、サービスがすでに多数存在しています。
インフラ領域ではサーバ、ストレージ、ネットワーク(SANスイッチ)などのコンポーネントを1つの筐体で担う「ハイパーコンバージドインフラストラクチャ(HCI)」を導入するケースが増えています。HCIでは、サーバやストレージなどITリソースの柔軟なスケールが可能なことに加えて、製品によっては、オンプレミスのワークロードをパブリッククラウド側に移行できる機能が用意されているものがあります。
現在は、ハイブリッド環境における一元管理機能や自己修復機能を備えた第2世代型HCIも登場しています。詳しくはこちらをご確認ください。
回帰される側であるパブリッククラウドベンダーからも、自社のクラウド環境をユーザー企業がオンプレミス環境で利用できるようにするためのソリューション/マネージドサービスが提供されており、中にはHCIと組み合わせた製品もあります。こうした製品を利用することで、ハイブリッドクラウド環境を素早く構築することができるでしょう。
また、ハイブリッドクラウドとは厳密には異なりますが、設置場所をオンプレとするものの、利便性の面ではクラウドのメリットを引き出せる、いわば「ハイブリッド・アズ・ア・サービス」と呼ぶべき新たなサービスも登場しています。詳しくはこちらをご確認ください。
まとめ
オンプレミス回帰は、脱クラウドでもなければ、単なるコスト削減策でもありません。IT活用を進化させていく過程において、適材適所を実現するためのアプローチと言えます。そしてそれを実行する際に大切になるのは、クラウドを理解することとITやデータ活用の主権を持つことです。
今後は、「クラウドとオンプレの両立」がより主流になっていくでしょう。その際に頼りになるのがITベンダーですが、ITベンダー任せの受け身の姿勢では、オンプレ回帰にせよハイブリッドクラウドへの移行にせよ、コストがかかる一方です。
自社でもNewオンプレミスやハイブリッドクラウドについて理解を深め、それらを実現する方法を探りながら、自社にとって最適なITインフラを選択してください。