ChatGPTやGeminiなどに代表される生成AIサービスの普及により、さまざまな企業がAI活用の可能性を実感している一方で、機密データの漏えいリスクやコンプライアンス対応への懸念も高まっています。
こうした課題を解決する選択肢として、自社環境内でAIシステムを構築・運用する「プライベートAI」が注目されています。
本記事では、プライベートAIの概要から構築方法、メリット、ユースケースについて解説します。
ぜひ、最後までご覧ください。
「プライベートAI」のコンセプトとは?
プライベートAIとは、自社のクローズドな環境で自社専用のAIシステムを構築し運用する考え方です。
この対になる概念が「パブリックAI」です。
たとえば、ChatGPTやGeminiなどの生成AIサービスなどは、それぞれの開発元であるOpenAIやGoogleなどの事業者が構築したAIモデルを活用したアプリケーションであり、そのシステムも事業者側の環境に構築されています。
そのサービスをインターネット経由で、不特定多数のユーザーが利用する仕組みとなっています。
一方で、プライベートAIは、システムもデータの主権も自社のものであり、完全に自社でコントロールすることができます。
パブリックAIとの違い
パブリックAIは、ユーザーが入力したデータがAI事業者側の環境に送信されます。
サービスや設定によっては、この送信したデータは、AIモデルの学習に使用されるものもあります。
一方、プライベートAIでは、システム自体もオンプレミス環境などで自社の管理下に置かれ、機械学習や推論に使用するデータは外部に送信されず自社が管理します。
そのため、自社固有のデータを学習させることで自社業務に特化したAIを構築できることが可能です。
さらに、自社で確実にセキュリティ対策を実行できれば、データが外部に流出するリスクも排除できます。
生成AI分野でのニーズの高まり
プライベートAIという用語が登場した背景には、生成AIの登場が大きく関係しています。
そもそも、AIを業務に活かす取り組みは、生成AI登場以前からすでに多くの企業で行われていました。
こうしたAIは汎用的なものではなく、たとえば「自社の製品の画像を学習させて不良品検知に活用する」といった、特定の業務に特化したものがほとんどでした。
そのため、従来のAIシステムはそもそも「プライベートなもの」であることがほとんどであり、あえて「プライベートAI」と呼ばれることはまれでした。
しかし、昨今のChatGPTのようにさまざまな業務に活用できるAIモデルが登場して爆発的に普及したことで、不特定多数のユーザーが同じ汎用的なAIモデルを利用するという状況になりました。
さらに、この汎用的な生成AIを自社内のデータに特化して回答させる仕組みとして利用したいという機運も高まっています。
こうして、AI事業者が提供する不特定多数のユーザーが利用する汎用的な生成AIサービスに対して、自社環境に構築した自社に閉じたAIシステムが「プライベートAI」と呼ばれるようになりました。
プライベートAIが必要とされる理由
プライベートAIが必要とされる背景には、より自社にあったAIシステムを構築したいというニーズのほか、セキュリティやガバナンスなども関係しています。
情報漏えいリスクの回避
生成AIの導入を検討する際に懸念されるのが情報漏えいリスクです。
もっとも、多くの商用生成AIサービスは、送信されたデータを学習に使用しないポリシーとするものが多数であり、WebのGUI、API経由のいずれで利用する場合でも、データを送信したことで直ちに情報漏えいにつながることはありません。
しかし、AI事業者側にデータが渡されることは事実であり、そのデータが確実に保護されるかどうかは、AI事業者に委ねられることになり、データの扱いを自社でコントロールできないことになります。
他社に送信できない機密情報の保護
データが学習されるされないに関わらず、たとえば他社から入手した機密情報などを生成AIサービスへ無断で送信することは、法的には「不正競争防止法」に違反するリスクの高い行為です。
このように、他社には送信できない情報もAIで扱うために、自社内に閉じたプライベートAIが必要になります。
予期しないコスト発生の抑制
生成AI機能を自社のシステムに組み込む際、生成AIサービスのAPIを利用する方式が多く採用されます。
しかし、APIは従量課金であり、使えば使うほど費用がかさみます。
さらに、パフォーマンスの観点からAPIの利用制限も存在します。
こうした外部の生成AIのAPIを使う場合、費用やパフォーマンスを自社でコントロールできないという課題があります。
ベンダーロックインの回避
特定の事業者のAIサービスに依存することで、将来的な選択肢が制限される恐れがあります。
モデルが特定のプラットフォームに最適化されている場合、他への移行が困難になり、より優れたサービスが登場しても採用することが難しくなるかもしれません。
また、事業者側の一方的な値上げに対応せざるを得ず、コスト増加のリスクが生じます。
プライベートAIのメリット
上述した課題に対して、プライベートAIを構築することで以下のようなメリットが得られます。
セキュリティとガバナンスの確保
オンプレミス環境にプライベートAI環境を構築すれば、AIモデルのチューニング、追加学習、推論に使うデータは自社外に出ることはありません。
もちろん、自社にてセキュリティ対策をしっかり行っていることが前提ですが、データを確実に自社の管理の元で保護することができます。
また、誰がどのような目的でデータにアクセスできるかもコントロールできるため、ガバナンスの観点からも優れています。
規制やコンプライアンスへの対応
現在、世界各国がAIにおけるデータ収集、保存、転送、処理について厳格な要件を定めています。
EUのGDPR、米国のHIPAAなど各国・各業界の法的規制を準拠しながらAIを活用しなければなりません。
プライベートAIでは、企業が自社のセキュリティポリシーと法的要件に基づいて設計できるため、データの取り扱いから処理まで一貫した管理体制による法令遵守を実現できます。
コスト予測性と最適化
一般的にプライベートAIでは、生成AIの場合、オンプレミス環境にLlamaなどのオープンソースのLLMをデプロイして構築することが一般的です。
構築・導入などの初期費用はかかるものの、外部の生成AIサービスのAIのように、どれだけ利用してもそれ自体に費用はかかりません。
また、AIシステムを稼働させるサーバー(GPUサーバー)のスペックに応じてパフォーマンスをコントロールすることもできます。
社外との通信が発生しないため、費用やパフォーマンスを予測しやすくなります。
▼GPUサーバーについては、以下の記事で詳しく解説しています。ぜひこちらもご覧ください。
モデルのカスタマイズ性
自社の特定の業務データでAIモデルをファインチューニングすることで、汎用的なAIでは得られない、より精度の高い自社の業務に適した専用のAIシステムを構築できます。
顧客情報、製品設計書、トラブル対応履歴など、自社が有するデータを活用することで、より業務生産性を高めるAIシステムを実現できます。
プライベートAI基盤を構築する方法
プライベートAI環境を構築するには、さまざまな技術要素が求められます。
必要なハードウェアとソフトウェア
自社で独自のAIモデルを構築するには、機械学習やディープラーニングのライブラリやフレームワークを用いてそのための環境を構築します。
AIモデルは、データの収集・クレンジングから、適切なアルゴリズム選択によるモデルの開発、開発したモデルのデプロイ、モデルの精度監視までさまざまなプロセスが存在し、機械学習モデルのライフサイクルを効率的に管理するMLOpsプラットフォームも重要です。
生成AIを活用したシステムの場合、LlamaなどのオープンソースのLLMを採用して、それをベースにファインチューニングによってモデルを部分的にカスタマイズしたり、自社のデータに基づいた回答を可能にするRAG(検索拡張生成)の仕組みを構築したりする取り組みが広がっています。
ハードウェアに関しては、プライベートAIは一般的なAIシステムと同様に、エンタープライズ向けのGPUを搭載した高性能なサーバーが不可欠です。
機械学習、推論処理においても、このGPUの性能が処理時間削減を実現する大きな鍵を握ります。
▼RAG(検索拡張生成)については、以下の記事で詳しく解説しています。ぜひこちらもご覧ください。
デプロイする環境には複数の選択肢がある
プライベートAI環境はオンプレミス、パブリッククラウドいずれの環境でも構築することができます。
自社オンプレミス環境での構築
AIシステムの制御を自社で確実に行いたい場合に最適な選択肢が、オンプレミス環境にAIシステムを構築することです。
自社内のサーバールームかデータセンターを利用し、AI・機械学習に最適化されたコンピューティングリソースを配置します。
GPU密度の高いサーバー構成、大規模なデータセットに対応できるストレージシステム、機械学習を効率化するネットワークアーキテクチャまで、すべてのハードウェア・ソフトウェアを企業が直接管理します。
この方式では、ハードウェアの選定からネットワーク設計まで、すべてを自社が管理するため、セキュリティポリシーを完全に反映できます。
専用クラウド環境の活用
プライベートAIは、必ずしもオンプレミスである必要はありません。
パブリッククラウド上の仮想プライベートクラウド環境を利用することでセキュリティを高め、クラウド事業者が提供するGPUサーバーインスタンス、機械学習関連のサービス、データ保管先のストレージを活用してシステムを構築します。
オンプレミス環境とは異なり、ハードウェアレイヤーでの管理は不要ですが、クラウドサービスは時間やリソース単位の従量課金形態が多いので、管理を怠ると想定以上のコストが発生するリスクがあります。
プライベートAIの業界別活用事例
プライベートAI環境はさまざまな業種業界で採用されています。
特に、データプライバシーと業界規制が重要視される領域ではそのメリットが大きいでしょう。
金融業界
銀行や証券会社ではリアルタイムでの不正検知、市場リスク評価、融資判断といった用途にAIが活用されています。
このような業界では口座の入出金データ、顧客の投資履歴など機密性の高い情報を扱うため、パブリックAIではセキュリティ要件を満たすことが難しい場合があります。
プライベートAIであれば、匿名化された顧客取引履歴と過去の市場データを独自データセットとして活用し、業界のコンプライアンス要件に準拠したAIシステムを構築しやすくなります。
医療・ヘルスケア
医療機関では、電子カルテや医用画像データを分析することで、画像診断支援、診断・治療支援、医薬品開発といった領域での貢献を期待されています。
しかし、患者の個人情報やプライバシーは厳格な保護が求められます。プライベートAI環境では、院内のインフラの範囲内でデータを制御し、データの外部への漏えい防止や患者の個人情報保護を実現しやすくなります。
製造業
製造業ではAIを活用できる領域が複数あります。
1つは品質管理です。製造ライン上のカメラやセンサーデータを使い、不良品をリアルタイムで自動検出する取り組みはすでに多くの企業で行われています。
次に設備保全での活用があり、機械の振動や温度データから故障を事前予測し、突然の設備停止を防ぎます。
最後に生産計画で、過去の販売データと在庫状況を分析して最適な生産スケジュールを自動作成します。
製造業では、製造ノウハウや設計・生産データなど、情報流出で競争力に影響を及ぼすデータを保持しているため、プライベートAI環境が適しているケースが多く見られます。
これらのユースケースが示すように、データ主権の確保、コンプライアンス要件への対応、リアルタイム処理などのさまざまな観点で、プライベートAI環境のニーズがあります。
企業が競争優位性を維持しながらAIの恩恵を享受するための戦略的基盤として位置づけられ、今後さらにさまざまな業界での導入が加速すると予想されます。
プライベートAI環境構築に役立つ「HPE Private Cloud AI」

一般的に、企業がプライベートAI環境を構築する場合には、先述したようにハードウェア、ソフトウェアの双方から、多岐にわたる技術を選定・導入して統合する必要があります。
こうした手間を解消し、オンプレミスのプライベートAI環境を素早く構築する手段として、TD SYNNEXが推奨しているのが、Hewlett Packard Enterprise(HPE)の提供する「HPE Private Cloud AI」です。
HPE Private Cloud AIは、AIシステムには欠かせないGPUサーバーのほかに、AI開発に必要な各種ソフトウェアや、構築後の運用に必要なシステムを統合してあらかじめ検証済みで提供しているソリューションです。
機械学習や推論処理に求められる十分な性能のハードウェアを含め、各種技術要素を自社で選定・構築する必要がないため、企業は導入後すぐにAI開発に集中できるようになります。
運用面では、数クリックでの簡単なデプロイメント機能や直感的な管理画面により、AIインフラの管理負担を軽減します。
クラウド管理者、AIプラットフォーム管理者、AI開発者それぞれの役割に応じた機能を提供するため、組織内の異なるスキルレベルのユーザーが効率的に連携できる環境を整えます。
なおHPEでは、多数のサーバーラインアップを取り揃えていますが、その中でも「HPE ProLiant Compute Gen12」はAIに最適化されたプラットフォームです。
NVIDIAとの共同開発でGPUの性能を最大限に引き出した同製品は、インテル® Xeon® 6プロセッサーを搭載し、性能と電力効率の最適化を実現しています。
基盤からRAGシステム構築までサポート
AIシステムを稼働するための基盤として、上述のHPE Private Cloud AIを提供するほか、TD SYNNEXでは、同基盤上で稼働する生成AI組み込んだシステム開発も支援します。
東京大学 松尾研究室発のスタートアップ企業であるneoAIのソリューションを活用して、オンプレミス環境で自社データを用いたRAGベースの生成AIチャットボットの開発など、自社に特化したセキュリティの高いAIアシスタントを構築できます。
まとめ
ChatGPTなどのように汎用的なAIモデル搭載したパブリックAIの普及により企業のAI活用の機運は高まっています。
しかし機密データの漏えいリスク回避や規制コンプライアンス対応などから、自社環境内でAIを構築・運用するプライベートAIへのニーズも高まっています。
プライベートAIは、セキュリティやガバナンス確保といった点はもちろん、コスト予測性向上、AIモデルのカスタマイズ性といった点でもメリットがあります。
すでに金融業界や医療業界、製造業界などをはじめとする、さまざまな企業でプライベートAI環境が構築されています。
TD SYNNEXでもHPE製品を含め、さまざまなソリューションを活かして企業のプライベートAI活用を支援していますので、ご興味がありましたらぜひご相談ください。
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