期待高まる「エッジAI」、業界別の活用シーン例を解説
マイクロソフトからAI PCの「Copilot+PC」が登場し、従来型のAI活用モデルであるクラウドAIの弱点を克服する「エッジAI」への注目が高まっています。本コラムでは、エッジAIの概要、強みを生かした業界別の活用事例やビジネス適用のユースケースを紹介します。
クラウドAIの登場でAIが身近な存在に
まずは、AIブームの火付け役ともいえる「クラウドAI」の概要と、それが抱える課題を整理しましょう。
過熱するAIブームをけん引する「クラウドAI」
2022年11月にOpenAIが生成AIの「ChatGPT」を発表してから、世界中でAIブームが巻き起こっています。生成AIは、対話型のインターフェースを使ってテキストやソースコード、画像、音楽などを自動で生成できるなど汎用性が高く、PCやスマートフォンを通じて簡単に利用できるため、AIが急速に身近な存在になったのです。
そこからは周知のとおり、ビッグテックをはじめとするさまざまな企業や組織がAIサービスの開発・提供やAIの学習モデル構築に力を入れるようになって、サービス競争が過熱しています。もちろん利用者側でも高い注目を集めており、ビジネスの領域ではこれからAIや生成AIの活用が必須という共通認識が形成されつつあります。
それらの生成AIサービスやAI開発プラットフォームは、クラウドサービスを通じて利用する形になっています。これらを一般的に、「クラウドAI」と表現します。
AIサービスに必要となる膨大な量の学習データを蓄積し、高速処理を行い、自動で学習し、大規模な言語モデル(LLM)を構築する際には、膨大なコンピューティングリソースやノウハウが必要となります。そういったAI活用のための環境を利用者側で保有して運用するのは難しいことから、利用者はデータだけを送り、大規模なデータセンター群を運用できるサービス事業者がサービスや処理を担っている訳です。
企業ユーザーとしても、自社のITリソースを調達するにあたっては従来の所有型から利用型へと移行が進み、パブリッククラウドサービスやマルチクラウドの活用が当たり前となっているため、AIのような進化のスピードが速いサービスは、運用面を含めて外部から調達する方が実際のところ都合が良いのです。
クラウドAIの仕組みが抱える4つの課題
クラウドAIを中心にAI活用の仕組みが進化してきた一方、爆発的なAIブームに伴ってサービスをさまざまな用途で利用するユーザーが増え、多数の課題が現れるようになりました。
1つめは、スピードの問題です。AIでできることが増えてユーザーが激増したことで、利用者がリクエストを出してデータを送った後、クラウド上で処理が行われて結果が生成されるまでに時間がかかるようになりました。同時にその状況は、インターネットの帯域幅を圧迫します。
2つめが、コストの問題です。クラウドAIはイニシャルコストこそ抑えられますが、データを送り、結果を得るためには当然通信料がかかります。また前述したスピードの問題を解消するためには、より大量のコンピューティングリソースが必要となります。設備を拡充するにもコストがかかるため、AIを活用すればするほど高額な利用料金の発生が懸念されるようになります。
3つめは、セキュリティに関する問題です。特に企業ユースの場合、AIを利用しようとすればするほど、自社の重要なデータを外部のクラウドサービス上にさらすこととなります。つまり、情報漏えいのリスクが常に付きまとうことに加え、自社のデータや著作物がAIの学習データに使われてしまうというリスクも生じます。
4つめは、環境負荷の問題です。クラウドAIを処理するためのデータセンターを次々と建設し、大量の電力を使うことによって地球環境にかかる負荷は、地球温暖化が深刻化している現状において無視できません。
クラウドAIの課題を克服する「エッジAI」
ここではクラウドAIとエッジAIの違いや、エッジAIを利用するメリットを紹介します。
ローカルでのAI処理を可能とする「エッジAI」に注目が集まる
そこで注目されているのが、「エッジAI」です。エッジAIとは、データが生成された場所の近くでデータ処理を行う「エッジコンピューティング」と「AI」を組み合わせた言葉で、PCをはじめとする端末や実際に稼働している機器、つまりネットワークのエッジ側のデバイスにAIを搭載し、データが発生する場所で直接分析や処理を行う仕組みを指します。
端末に依存するエッジAIでは、コンピューティングリソースを集約したクラウドAIと同等の処理はできませんが、クラウドAIが抱える問題を解決できます。AIの処理をエッジ側にオフロードしたり、より効率的なハイブリッド処理を行うようにしたりすることで、より幅広い領域でのAI活用が可能となるのです。IoT(Internet of Things)の普及やエンベデッドシステムの高度化、AI PCの登場などによって、今後エッジAIを活用するケースが広がっていくと想定されています。
エッジAIがもたらす3つのメリット
エッジAIを活用することで、ユーザーは多くのメリットを得られます。代表的なものとしては、次の3つが挙げられます。
- 遅延解消(高速なレスポンス)
- 通信の帯域幅とコストの節約
- セキュリティ確保
遅延解消
エッジAIの最大メリットは、手元にあるデータを瞬時に処理できることです。特にIoT領域で、交通制御や工場の設備、ロボット、顔認証システムなど、リアルタイムの処理が求められるシーンでAIを活用する際に、クラウドを経ていては処理が間に合いません。ビジネス上のユースケースを想定しても、必要以上に分析結果や質問に対する回答を待たされるという無駄がなくなるため、日本社会で喫緊の課題とされている労働生産性の向上に大きく寄与します。
通信の帯域幅とコスト節約
エッジ側でAIの処理をすることでクラウドに送るデータ量を最小限にとどめられるため、通信量を大幅に軽減できます。これによりネットワークの遅延や帯域のひっ迫を解消できるようになるとともに、通信コストやクラウドAIサービスの利用におけるコストを抑えることができます。
セキュリティ確保
クラウドAIを利用する際の通信は、基本的にインターネットを通じて行うため、データをクラウドに送れば送るほど、情報が漏えいするリスクは高まります。企業での利用に関していえば、サービス提供の一環としてAIを活用する場合にも、情報漏えい事故を起こしてしまうと甚大なダメージを受けることは必至です。エッジで処理をすることでリスクヘッジができ、高い安全性を確保した上で、多様なシーンでAIを活用できるようになります。
エッジAIの活用シーン例
エッジAIはすでにさまざまな業界で活用されています。ここでは、さまざまな業種・業界で展開されるエッジAIの活用事例を紹介します。
自動車分野
自動車分野は、エッジAIの活用が特に期待されている分野です。自動運転の実現に、エッジAI技術は欠かせません。すでに自動運転技術の進化に伴い、乗用車に加えてオンデマンドバスなどへの実装が始まっている状況です。
利用シーンとしては、走行の際の車線維持に加えて、車載カメラやセンサーから収集したデータをエッジAIがリアルタイムで推論、車両や歩行者、自転車などの物体を即座に検出して適切な制御を行い、衝突を回避するためのシステムが採用されています。
自動運転以外にも、例えば運転中に内部カメラがドライバーの眠気を察知して、覚醒を促したり危険な状態であることを指定された場所に通知したりするような仕組みも考案されています。
さらに、複数の交通手段を利用して地域内での交通アクセスを最適化するMaaS(Mobility as a Service)の実現においても、エッジAIは重要な役割を担います。エッジAIを利用してデータを下処理し、大規模なクラウドAIと併用することで、複雑なリアルタイムデータの処理やサービス提供を効率的に行えるようになります。
製造分野
製造業も、エッジAIは活用の活用が広く見込まれる領域です。
例えば映像やセンサーを通じてAIがリアルタイムに状況を判断することで、立入危険区域への侵入や、機械の暴走・故障などを検知し、作業員の安全を確保できます。また製造ラインにおいては、リアルタイムの映像分析によって不良品を選別したり、異常検知・検出などの品質管理、検査業務にも活用したりできます。
そのほかに、今後更なる普及が見込まれる産業用ロボットの制御にも、エッジAIが活用されています。
医療分野
医療の領域でも、早い段階からエッジAIの活用が進んでいます。
例えば、脈拍数、血液中の酸素濃度、睡眠パターンなどのバイタルデータを収集し、データをクラウドに上げることなく安全に分析処理、診断や治療につなげることができます。
また、高精細な医療画像をクラウドに送るとデータ量の問題でコストがかさみますが、それをエッジAIで処理することでAIを活用したシステムを導入しやすくなります。診断が高度化し、病気の早期発見や異常部位の特定がしやすくなることが期待されます。
福祉分野
介護の分野では、すでに要介護者の増加と人手不足という大きな問題を抱えており、今後その状況は悪化していくことが予測されています。その際に、人間が担当している作業の一部をAIに任せて自動化するほか、カメラの映像を現場で処理して徘徊や転倒者を検知したり、排泄を検知して施設職員に知らせたり、見守りをしたりするなどの業務効率化やサービスの高度化につなげることができます。
幅広い領域に広がりを見せる中でついにAI PCが登場
前述したユースケースの他にも、農業や金融業、建設業、小売業など幅広い領域でエッジAIを活用した取り組みが行われていて、適用範囲は広がり続けている状況です。
そして現在、AI PCの登場で業種を問わないビジネス全般でのエッジAIの活用が広がりつつあります。特にセキュリティ問題からAI活用に積極的になれなかった企業は、AI PCを導入することによってAI活用の道筋が見えてきます。
AI PCは、演算装置に従来のCPU(Central Processing Unit)やGPU(Graphics Processing Unit)に加え、AIの処理に特化したNPU(Nural Processing Unit)を搭載しており、AIの活用に最適化された次世代型PCです。すでにインテルやAMDなどがNPUを統合したSoC(System on Chip)を市場に投入し、それらを搭載したモデルも発売されています。また、先だってマイクロソフトがAI PC「Copilot+PC」の仕様を公開、第一弾としてQualcommのチップ「Snapdragon X Elite/X Plus」を搭載した対応製品が複数のPCメーカーから一斉に発売されました。「Snapdragon X Elite/X Plus」についてはこちらをご確認ください。
マイクロソフトのCopilot+PC製品群をはじめ現状のAI PCでは、注目の生成AIについてはクラウドAIを活用する形ですが、今後AI PCはオンデバイス型の小規模言語モデル(SLM)を搭載するようになり、ある程度のレベルであればクラウド上の大規模言語モデル(LLM)に依存しなくても生成AIが活用できるようになる見通しです。AI PCは、ますます使いやすいものに進化していくことでしょう。
まとめ
IoTやAI PCなどに代表されるエッジAIの普及により、ビジネスや社会でのAI活用はより盛んになっていくでしょう。またエッジAIそのものに関しては、これまでは各業界での課題を解決する先進技術という位置付けでしたが、これからは汎用的なPCというデバイスで利用できるようになることで、企業内の業務生産性を高めるためのパートナーとしても重要な役割を担うようになります。
エッジAIとクラウドAIを理解し、それぞれを使い分けることが、来るべきAI時代を乗り切っていくための必要条件となるでしょう。