事例からひも解く、ハイブリッドクラウドの活用方法とは?
IT環境の進化に伴い、多くの企業が「ハイブリッドクラウド」の仕組みを採用するようになりました。ハイブリッドクラウドにはさまざまなユースケースが存在し、適材適所の活用が推奨されます。具体的に現在では国内の各企業がどのような理由・目的でハイブリッドクラウドを採用しているのか、事例を踏まえて主な活用方法を紹介していきます。
ハイブリッドクラウドの概要と普及の背景
ここでは、ハイブリッドクラウドが普及している背景と、活用におけるメリット・デメリットを解説します。
ハイブリッドクラウドとは
ハイブリッドクラウドとは、物理サーバーやネットワーク機器を調達して自社でシステムを構成・設置・運用する「オンプレミス(オンプレ)」と、ネットワークを経由してITリソースやアプリケーションなどを柔軟に利用できる「クラウド」を組み合わせて1つのシステムとして統合的に運用する形態のことです。
クラウドとは、抽象化され一元的に管理されたサーバーをはじめとする各種ITリソースに関して、柔軟なプロビジョニングやスケーリングを可能にして利用者に提供する環境の総称です。
このうち、自社以外の事業者が提供するITリソースやアプリケーションを複数の企業が共有し、ネットワーク経由で利用する方式が「パブリッククラウド」であり、同様の環境を自社専用のオンプレ環境に構築したものを「プライベートクラウド」と呼びます。
ハイブリッドクラウドはオンプレとクラウドを組み合わせた環境であることを先述しましたが、ここでいうクラウドは一般的にはパブリッククラウドを指し、さらにそのパブリッククラウドサービスのうちIaaS(Infrastructure as a Service)やPaaS(Platform as a Service)などといった自社のITインフラを組み合わせるなど、低レイヤーの領域が関与するシステム統合を指すことが多いです。
そのほか、設置場所はオンプレで課金体系はクラウド同じ従量課金を採用した「アズ・ア・サービス」型という、ハイブリッドクラウド時代における「新たな選択肢」も登場しています。このサービスの中には、運用管理をベンダーに一任できるものもあり、利便性の確保も可能です。詳しくはこちらをご確認ください。
ハイブリッドクラウドが必要な理由
ハイブリッドクラウドはその有用性が理解されてはいたものの、かつては本格的な対応がなかなか進まない状況が続いていました。なぜなら、自社向けに構築したITインフラ上でカスタマイズを重ねたアプリケーションを活用して業務を行っていた国内の企業・組織ではIT環境の移行が難しかったためです。
ところが、海外のテック企業によるデジタルディスラプション(IT技術により新たな商品・サービスが登場して、創造的破壊が引き起こされること)や、経済産業省の「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」でのクラウド活用の示唆、その後のデジタルトランスフォーメーション(DX)の機運の高まりを受けてシステム活用の在り方が見直され、システム導入においては「クラウドファースト(システム導入・更改にクラウドを最優先で選ぶこと)」という概念が定着しました。そして現在では多くの企業・組織が、ITインフラのレガシーマイグレーションの最適解として、ハイブリッドクラウドを採用する動きが加速しています。
ハイブリッドクラウドのメリット
代表的なハイブリッドクラウドのメリットには以下が挙げられます。
(1) セキュリティ対策やガバナンスの確保
例えば、機密性が高い基幹系システムのデータをオンプレやプライベートクラウド側で管理し、情報系・戦略系のシステムやデータをパブリッククラウドで運用することで、自社のセキュリティやポリシーに沿ったシステム構築やデータの管理を行いやすくなります。
(2) BCP(事業継続計画)対策
ハイブリッドクラウドのように、異なる環境でデータやシステムを運用することで、1つのシステムに生じたトラブルが全体に影響が渡るリスクを低減できます。負荷分散対策やバックアップ、ディザスタリカバリー(DR)の仕組みを構築でき、事業継続性を確保しやすくなります。
(3) コスト最適化
上記のセキュリティ問題でも述べたように、適材適所でITリソースを使い分けることでコストパフォーマンスが高いシステムを構築し、ITコストを最適化できます。例えばITリソースの拡大・縮小が頻繁なシステムはクラウド環境に構築し、そうした変動が少ないシステムはオンプレミスに構築するという活用方法があります。
(4) 柔軟性・即応性
ITリソースや各種機能を容易に利用できるため、要件に合わせて柔軟なシステムを構築することが可能です。これにより事業の変化に対応するためのシステムの追加や変更もしやすくなります。PaaSが代表的ですが、時代に合わせてさまざまな機能がパブリッククラウド事業者から提供されているため、こうした最新技術を活用したアプリケーションを効率的に開発することもできます。DXの文脈では、この部分が最も大きなメリットになると言えます。
ハイブリッドクラウドのデメリット
ハイブリッドクラウドのデメリットとしては、以下の2項目が挙げられます。
(1) システム構築・運用管理の負荷
複数のアーキテクチャーの中でシステムを構築していくことから、システム構成が複雑になります。そのため運用が難しく、エンジニアに大きな負荷がかかります。
(2) 専門人材の確保が困難
クラウドのメリットを享受するためには新しいサービスの追加導入や、システム変更が発生するので、幅広い領域や新しい技術のキャッチアップが必要です。そのため、知識や専門スキルを持った人材を確保し続ける必要が生じます。
ハイブリッドクラウドの活用事例
すでに多くの企業が、ハイブリッドクラウド環境に移行して成果を上げています。ここでは4つのユースケースに分けて、ユーザー事例を紹介します。
CRM/SFAからオンプレミスのデータベースなどを参照し、データ活用を最適化した事例
クラウドサービスが登場した当初、メールやグループウェアのほかに企業向けの業務システムとして最初に注目されたのがSaaS(Software as a Service)型のCRM/SFA※でした
※CRMとはCustomer Relationship Managementの略称で、顧客情報を管理して顧客との良好な関係を構築することを目指すツール。一方SFAとはSales Force Automationの略称で、営業活動を支援するツール。
ただし、独自の業務ルールが多い日本企業ではベンダーが提供する仕組みをそのまま活用する使い方ではあまり導入効果を得られませんでした。そのため、従来のCRMや社内システムと連携させて活用するなど、各社で最適化が図られています。
例えば、自動車製造業A社では、従来のオンプレ型基幹システムとクラウド型CRMをクラウド型データ連携ツールで接続して顧客情報を一元管理。クラウドが持つ拡張性や俊敏性を最大限に活用し、オンプレ/クラウドの区別なくデータを利用できるようにして、販売会社の営業活動効率化を実現しています。
また、住宅設備機器B社は、クラウドとオンプレミスの自動連携による施工情報管理システムを構築しています。クラウドCRM上の情報共有基盤とオンプレの基幹システムのデータを10分間隔で双方向に連携させることで、それまでやり取りされていた図面や報告書などの紙文書が不要となりました。加えて施工業者や営業担当者からの問い合わせが減り、工務担当者の業務工数は半分程度に削減されるなど、業務効率化にもつながりました。
パブリッククラウド上にアプリケーションを構築し、データはオンプレミスで保管しデータガバナンス実現した事例
クラウドの普及に伴い、基幹システム(アプリケーション)そのものをパブリッククラウド上に移行する動きも見られるようになりました。その際には、一部の重要なデータベースは自社の専用環境で管理するハイブリッド活用も多く見られます。
例えば、エネルギー事業を展開するC社は、将来的なビジネス変化にも柔軟に対応できるシステムを目指して基幹システムをクラウドへ移行しました。EDIサーバーや機密性の高いデータベースはオンプレで管理し、日々利用するデータはパブリッククラウド上で管理・運用する仕組みを構築。サーバーの台数を従来の約4分の3に集約するなど、ダウンサイジングを含めたシステムの最適化を図り、月額のインフラコストを30%削減しています。
また、生命保険業のD社は、外部のサービスとのつながりやすさや変化への柔軟性を必要とするシステムはクラウドに移行させ、顧客データなどを扱うシステムは、リスクが低く自社でコントロールしやすいオンプレミスで対応する形を採用しました。最新のコンテナ技術を活用して、レガシーアプリケーション資産をクラウドに「リフト」することに加え、コンテナ環境への適合までを実施する「シフト」にも取り組むなど、基幹システムのモダナイゼーションを行っています。
オンプレで利用していた仮想環境をクラウド上にリフトしてスムーズなクラウド移行を実現した事例
現在、多くの企業ITインフラにはサーバー仮想化技術が採用されています。しかし、オンプレで主流になっている仮想化基盤とパブリッククラウドベンダーの仮想化基盤ではしばしば用いられる技術が異なることがあるため、オンプレやプライベートクラウドのシステムをパブリッククラウドにマイグレーションまたはモダナイゼーションする際には、システムの大幅な改修が必要になることがあります。
そこでオンプレの仮想化基盤と同一のテクノロジーをパブリッククラウド上で利用できるサービスを利用することで、クラウド上にシステムを移植(リフト)しやすいハイブリッドクラウド環境を構築するという手法も多く見られます。
例えば、IT系のE社は、オンプレミス型で運用していた大規模な仮想サーバー環境をこの手法を用いてパブリッククラウドに移行しました。既存の仮想化ベンダーが提供する仕組みを維持したまま、大幅なシステム改修を行わずにオンプレ環境から400超の仮想サーバーを約2カ月でパブリッククラウドインフラ上にリフトし、社内の基盤運用コストを19%削減できました。
また、化粧品製造のF社は、同様にオンプレミスの仮想化環境で運用してきた基幹システムを含めた約140台の仮想サーバーを部分的にクラウド環境に移行しました。ここではすべてのシステムをクラウド化したのではなく、「オンプレの仮想化環境として残したシステム」、「パブリッククラウド上に用意された仮想化環境にそのまま移植したシステム」、「PaaSなどパブリッククラウドのネイティブサービスを利用して新たに構築したシステム」を組み合わせたハイブリッド構成を実現しました。これによりハードウェア障害に対応する工数がほぼゼロに削減するとともに、業務継続性も大幅に向上しています。
オンプレをベースにクラウドを利用してDRやBCP対策を実現している事例
昨今増加する災害や激化しているサイバー攻撃への対策として、ハイブリッドクラウドをリスク分散やBCPに活用する動きが広がっています。中でもデータのバックアップは、最も理解しやすいユースケースといえるでしょう。
保険サービスのG組合は、BCP対策およびDX推進を目的として、オンプレミスで運用されていたサーバー群を国内ベンダーが提供するパブリッククラウドとデータセンター内のハウジング環境へ移行しました。プライマリのオンプレ環境とバックアップのパブリッククラウド上にそれぞれ共有ファイルサーバーを設置し、バックアップツールで常に同期しており、オンプレ側で障害が発生した際にも業務を停止させない仕組みを実現しています。
電装・デバイスメーカーのH社は、BCP対策として主要工場で運用していたオンプレミスの基幹システムを、パブリッククラウドとハウジング環境へと移行しました。東西リージョンでのDR環境を構築し、生産ラインを途切れさせないハイブリッドクラウド利用のシステムを実現しています。
化学品メーカーのI社は、サーバーやストレージ、ネットワーク、ソフトウェアすべての機能を有する「HCI(ハイパーコンバージドインフラ)」を活用したハイブリッドクラウド環境を構築しました。これにより、ビジネスの変化に対応する柔軟なITインフラの提供を実現するとともに、障害予兆サービスやパブリッククラウドサービスが提供するオブジェクトストレージを活用してBCP/DR対策を実現しています。
ハイブリッドクラウド活用で注意すべきポイント
ハイブリッドクラウド環境に移行する際に避けなければならないのが、古いハードウェアを刷新した時のような単純なシステム移行にとどまってしまうことです。ここではいくつかの注意点を紹介します。
拡張性・発展性を確保する
かつての企業ITシステムは、ハードウェアやソフトウェアベンダーのテクノロジーに縛られる「ベンダーロックイン」が発生していました。やがてシステムのオープン化やクラウドが登場して企業ITに柔軟性が確保できるようになりましたが、単に古い自前のシステムを今の時代に合わせてクラウド利用型に置き換え、それを老朽化するまで使い続けるという考え方では、“クラウドベンダーロックイン”の状態に陥るだけです。実際に昨今では、「データロックイン(データ移行が難しい状態)」という問題も顕在化しています。
この状態を放置していると、運用コストも高騰し、数年後に再度レガシーシステム、すなわち負の遺産問題に苦しめられることになります。実際に、海外を中心に「オンプレ回帰」という動きも見られるほどです。「移行して終わり。後は運用任せ」という姿勢ではなく、その後の拡張性・発展性を念頭に置いたシステムアーキテクチャを考える必要があります。
クラウド活用戦略の立案
ハイブリッドクラウドへの移行に当たっては、技術面とビジネス面を踏まえたクラウド活用戦略を事前に考えておく必要があります。戦略を立てる際の判断軸となるものは、やはりDXでしょう。DXが目指す方向性は、「既存の業務の効率化・省力化」ではなく、「新規デジタルビジネスの創出」や、既存ビジネスの「デジタル技術の導入による既存ビジネスの付加価値向上」です。
もちろんクラウド活用は、自社・自組織で扱うデータの質と量や業務の特質、セキュリティとのトレードオフ、運用コストを総合的に考えて判断すべきです。ただし、DXで変化に即応するための柔軟性・即応性を実現すること、最新のテクノロジーを活用することなどを考えると、ITベンダーが最新のソリューションを用意してくれるクラウドサービスを採り入れたハイブリッド構成が最適と言えるでしょう。
コスト最適化に必要なFinOpsの視点
クラウドは、使い始めは安くても運用を続けるとコストが跳ね上がっていくサービスモデルです。そこで、オンプレとクラウドサービスの適材適所の使い分けに加えて、特にパブリッククラウド事業者の多くが海外ベンダーである国内において、変動する(または円安で高止まりする)クラウドコストのコントロールと、利用の最適化を実現するための「FinOps(Financial Operations:財務運用)」という視点が必要になります。FinOpsというものさしを使うことで、ITチームがCFO(Chief Financial Officer:最高財務責任者)とクラウド導入に関する話を進めやすくなるというメリットも生まれます。
まとめ
ハイブリッドクラウドの概念が定着してすでに10年以上が経ち、これから初めてハイブリッドクラウドの活用を検討する企業は少ないかもしれません。ただすでに一度移行を見送った企業も、これまでの多くの企業の成功や失敗のケースを踏まえて、改めてハイブリッドクラウドの導入を検討することは決して無意味ではないでしょう。今回紹介した事例を参考に、IT・デジタル活用の高度化を目指してみてはいかがでしょうか。