生産性向上

世界初、蚊取り線香の原料である「除虫菊」のゲノム解析を機にバイオインフォマティクスを本格化

導入企業

大日本除虫菊株式会社/公益財団法人サントリー生命科学財団

金鳥・KINCHOブランドの殺虫剤・防虫剤で知られる大日本除虫菊が、サントリー生命科学財団と協力し、蚊取り線香の原料である「除虫菊」のゲノム解析に世界で初めて成功した。除虫菊の花に含まれる殺虫成分「天然ピレトリン」は、大日本除虫菊の研究者によって1958年にそれまで未決定であったアルコール部分の化学構造が解明されて全貌が明らかとなり、今日に至るまで様々な特徴を備えた合成ピレスロイドが開発されている。現在、除虫菊に関する研究は生化学・分子生物学にまで拡がりを見せており、殺虫効果を生み出すメカニズムの解明を世界中の研究者が競っている状況だ。大日本除虫菊とサントリー生命科学財団による世界初の研究成果は、Nature-Springer社のScientific Reportsに掲載され世界から大きな注目を集めた。

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目次

除虫菊とピレスロイドの研究とともに130余年

大日本除虫菊株式会社(以下、KINCHO)は、除虫菊(シロバナムシヨケギク)に含まれる殺虫成分「天然ピレトリン」を利用した棒状蚊取り線香を1890年に商品化した。この世界初の発明が原型となり、渦巻型に進化した蚊取り線香は130年以上が経過した現在も広く利用されている。KINCHOは、我が国における殺虫剤産業のパイオニアであり、様々な特徴を備えた合成ピレスロイドの開発を通じて広く社会に貢献してきた業界リーダーである。同社 中央研究所の顧問を務める南手良裕氏は次のように話す。

「除虫菊の殺虫成分である『天然ピレトリン』の化学構造の全貌が、KINCHOの研究者によって明らかにされたのは1958年です。以来、家庭用及び農業用殺虫剤の有効成分としてフラメトリン、プラレトリン、フルバリネートやシラフルオフェンといった『合成ピレスロイド』の開発に長年にわたり取り組んできました。KINCHOの歴史は、除虫菊とピレスロイドの研究とともにあると言っても過言ではありません」

近年の同社主力製品であるワンプッシュ式エアゾール製品『蚊がいなくなるスプレー』や、屋内への虫の侵入を防ぐ『虫コナーズ』には、常温で緩やかに揮散する合成ピレスロイドのトランスフルトリンやメトフルトリンが主に利用されている。いずれも虫に対して優れた殺虫効果を発揮するが、ヒトや家畜には安全性が高いという特徴を備えている。中央研究所 研究員の山城敬範氏は次のように話す。

「KINCHOの創業のルーツである『除虫菊』に関する研究は、生化学・分子生物学の領域まで拡がりを見せており、世界中の研究者が殺虫効果を生み出すメカニズムの解明に取り組んでいます。その背景には、環境中に残りにくく安全性の高い殺虫剤・防虫剤への世界的なニーズの高まりがあります。国や地域によっては、合成ピレスロイドの多用が害虫のピレスロイドに対する抵抗性を高めている問題も顕在化していますが、私たちの研究では、天然ピレトリンは合成ピレスロイドよりも抵抗性害虫への効果が高いことがわかっています。除虫菊研究をいっそう深化させ、研究のステージを次の段階へ進めるためにはゲノム解析への挑戦が不可欠と考えました」(山城氏)

2017年初頭、KINCHOは除虫菊とともに事業を築いてきた企業としての威信をかけて「除虫菊ゲノムの解読」に着手した。KINCHOが研究のパートナーに指名したのは、サントリー生命科学財団 生物有機科学研究所 統合生体分子機能研究部のエキスパートである。

除虫菊ゲノムのサイズはヒトゲノムの2倍以上

サントリー生命科学財団 生物有機科学研究所には、構造生物学、有機化学、分子生物学など多様なバックグラウンドを持った研究者が所属している。研究部門のひとつ統合生体分子機能研究部が掲げるミッションは、生物の多様性を生み出すメカニズムとその原理を分子レベルで解明することにある。研究部長 主幹研究員としてチームを率いる佐竹炎氏は次のように話す。

「『除虫菊のゲノムを読みたい』『研究成果は論文としてオープンにしたい』という相談を受けたとき、除虫菊研究の第一人者であるKINCHOという企業の強い意思とアイデンティティを感じました。除虫菊ゲノムのサイズはヒトゲノムの2倍以上。世界的に注目度の高いテーマであり、数年先行している世界の研究チームとの競争に勝たなければならない――私たちにとってもやりがいのあるチャレンジでした」

佐竹氏のチームの研究対象は動物から植物、微生物まで幅広い。分子生物学や分析化学の手法、化学合成実験、データサイエンス/インフォマティクスなど、多彩な研究アプローチにも強みがある。「カタユウレイボヤを対象にした神経ペプチドやペプチドホルモンの同定」「セサミンなどの有用リグナンの高生産性植物の創製」「ビールの香味を決めるホップのゲノム解読」「機械学習による新規ペプチド―受容体相互作用予測とその実証」における研究成果は、大学など他の研究機関とは一線を画すユニークなものだ。

「天然ピレトリンは6つの化合物からなる複雑な混合物です。KINCHO 様では、その化学物質としての性質の研究に加えて、生合成酵素の研究でもすでに成果をあげていました。長年にわたり基礎から積み上げてきた天然ピレトリンの研究をさらに発展させるための基盤として、除虫菊ゲノムの解読に貢献したいと考えました」(佐竹氏)

除虫菊ゲノム研究に先行するチームは、いずれもゲノムサイズの大きさに研究の進展が阻まれている様子がその論文から窺えた。「ゲノム解析に決まりきった方法はない。研究者の本当の力量が問われる」と言う佐竹氏は次のように続ける。

「遅れを挽回するには、ゲノムを読むためのスピードと正確さ、それを可能にする解析戦略の確かさが不可欠でした。まず全ゲノムを読む。そのために重要なのは、短時間で正確に読むための手法を見極めることです。ゲノム解析の手法、中でも次世代シーケンサーから得られたゲノムの断片をつなぎ合わせるアセンブル、ゲノムの中にどんな種類の遺伝子があるかを明らかにするクラス分けとアノテーションにおいて、私たちのノウハウが活かせると考えました」

“これまで培ってきた化学実験の知識と新しく学んでいる計算化学を融合させて、本格的にバイオインフォマティクスへ取り組んでいきたいと考えています。KINCHOが長年にわたり蓄積してきた研究データを活用するデータサイエンスの可能性も見据えています”

— 大日本除虫菊株式会社 中央研究所 研究員 山城 敬範 氏

除虫菊ゲノムの解読を世界で最初に達成する

除虫菊ゲノムの解読に向けた研究が本格的に始動したのは2018年7月。プロジェクトにおいて南手氏、山城氏が掲げた目標は次の通りだ。

①除虫菊ゲノムの解読を世界で最初に達成すること

②天然ピレトリンの効率的な量産化の手がかりを得ること

③天然ピレトリンの殺虫効果についての知見を高めること

④除虫菊ゲノムの解読を通じて自社の基礎研究力を高めること

「ゲノム情報を活用できるようになれば、ターゲットを絞ってより戦略的に研究を進めることも可能になるでしょう。ピレトリンは多段階に及ぶ生合成経路を経て合成されますが、たとえば、ピレトリンの生合成に関与するタンパク質、それを合成する遺伝子がたくさん作られる条件が明らかになれば、除虫菊からより多くの天然ピレトリンを得るための研究を大きく前進させることができるはずです」と山城氏は狙いを話す。

2017年4月、次世代シーケンサーによる除虫菊ゲノムの解読に着手。解読のための試料には、広島県尾道市で栽培されているKINCHO 創業時の除虫菊にルーツを持つ生体が使用された。

独自のゲノムアセンブリ手法を開発

山城氏とともに除虫菊ゲノムの解析実務をリードしたのは、サントリー生命科学財団 生物有機科学研究所 統合生体分子機能研究部 研究員の白石慧氏である。白石氏は、研究所の基盤技術のひとつバイオインフォマティクスのエキスパートであり、ゲノム解析だけでなくデータサイエンスにも精通している。

「次世代シーケンサーが出力したDNAの断片(リード)をつなげて、数10キロ単位のDNA配列を復元するゲノムアセンブリを行いました。このとき、復元の仕方が不十分だと設計図のパーツである遺伝子の必要な情報が得られません。私たちは、KINCHO様が発見した酵素が、復元したDNA配列の中から正しく確認できることを基準として、十分な長さのドラフトゲノム配列を得ることを目指しました」と白石氏は話す。

ゲノムアセンブリには、高性能の計算機と専用のソフトウェア(ゲノムアセンブラ)を使用する。だが、佐竹氏が「ゲノム解析に決まりきった方法はない」と言う通り、研究者の力量次第で成果は大きく変わる。白石氏は本解析において画期的な手法を提案した。

「PlatanusとSOAPdenovo、個性の異なる2つのアセンブラを用いて2つの結果を得ました。これらを注意深く観察すると、DNAがつながっていない箇所が異なることがわかります。私たちは、2つの結果をSSPACEでつなぎ合わせ、求める長さのドラフトゲノム配列を効率的に得ることに成功しました」(白石氏)

複数のアセンブラを次々と試して、対象となるゲノムと最も相性の良いアセンブラを選ぶ方法では、試行錯誤に多くの時間と工数を要する。これに対して白石氏が考案したリード結合の手法は、期待通りの結果が得られただけでなく、試行錯誤のコストも削減することができた。

除虫菊に特異的な生合成酵素を確認

ゲノムアセンブリに続いてアノテーションが進められた。DNA配列上でタンパク質として機能している領域を特定し、それぞれの機能を推定する。研究成果を示すための重要な工程だ。「アノテーションにはBlast2GOを使用し、遺伝子情報データベースと照らしておおよその遺伝子機能を推定・分類しました。すでに知られているDNA 配列と今回の研究で見つけてきたDNA 配列を比較し、類似性に基づいてクラス分けを行ったところ、興味深い遺伝子の重複が明らかになりました」(白石氏)

アノテーションの結果は様々な方法で可視化されるが、白石氏は配列相同性に基づいて描かれた「分子系統樹」を用いて次のように説明する。

「Aの分子系統樹に青文字で記したTcLOX1は、除虫菊の中でピレトリンの生合成に関与していることが分かっている酵素です。これとよく似たDNA 配列には、2つ上のシロイヌナズナのAt NP564021.1があります。このことから2つの酵素はよく似た機能を持っていると推定できるわけですが、実際に2つの生合成酵素の機能はとてもよく似ています」

「Bの分子系統樹に青文字で記したTcGLIPも、ピレトリンの生合成酵素として重要な役割を果たします。よく見ると『Tc』で始まる除虫菊由来の酵素に囲まれていることがわかります。これは、除虫菊で特異的に増えた遺伝子であることを示すものです」(白石氏)

InterProScanによるモチーフドメイン検索によって機能予測を進めたところ、除虫菊特有の毒性タンパク質、シグナル伝達に関連するタンパク質、代謝酵素が増幅していることが確認された。

「除虫菊ゲノム解析への取り組みで、およそ71億塩基対のドラフトゲノム配列を得ることに成功し、推定6万個の遺伝子の存在を確認しました。およそ200万のスキャホールド(結合済みのDNAリード)から、この結果を導き出しています。そして、除虫菊に特異的な遺伝子の一部が、ピレトリンの生合成酵素に関係していると確認できたことは期待通りの成果です」(山城氏)

バイオインフォマティクスへの取り組みを本格化

除虫菊ゲノム解析における大規模なゲノムアセンブル、多段階にわたるアノテーションを優れた計算性能で支えたのは、インテル® Xeon® Platinumプロセッサー(2CPU/ 計48コア)と512GBメモリを搭載するHPE ProLiant DL380 Gen10サーバーである。佐竹氏は次のように話す。

「本プロジェクトには、未踏の領域を誰よりも先に開拓することの意義を強く意識しながら取り組みました。手戻りの許されない状況下で、HPEのサーバーは常に安定した性能で私たちの期待に応えてくれたと思います。私たちの知識と技術を組み込んだ解析手法を安心して託すことのできる計算機の重要性を、改めて実感する機会となりました」

現在、山城氏は中央研究所での研究業務に取り組みながら、神戸大学大学院工学研究科 生物機能工学講座で学び、博士号の取得に向けて除虫菊ゲノムを対象とした基礎研究を続けている。担当教授は佐竹氏である。

「これまで培ってきた化学実験の知識と新しく学んでいる計算化学を融合させて、本格的にバイオインフォマティクスへ取り組んでいきたいと考えています。KINCHOが長年にわたり蓄積してきた研究データを活用するデータサイエンスの可能性も見据えています。ビジネス環境に予期しない変化が起こったとしても俊敏に適応できるような、新しい知識を創造するためのデータ基盤の実現を目指します」と山城氏は決意を示す。

KINCHOとサントリー生命科学財団による世界初の研究成果は、Nature Springer 社のScientific Reportsに掲載され世界から大きな注目を集めた。南手氏は次のように話して締めくくった。

「KINCHOは『健康創造』というテーマを掲げ、快適な生活環境づくりを目指して企業活動を行っています。事業推進の観点では、長期的な視野に立った基礎研究と、付加価値の高い製品開発に結びつく応用研究をバランスよく両立させていくことが重要ですが、KINCHOの強みはやはり除虫菊/ピレスロイドの基礎研究にあります。バイオインフォマティクス領域へのチャレンジが、基礎研究力の更なる強化と新しい競争力の獲得につながるものと確信しています」

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