生産性向上

AI画像解析システムを皮膚疾患の診断支援に応用、数値による評価も可能に

導入企業

広島大学 ナノデバイス・バイオ融合科学研究所

AIによる画像解析を、臨床医の診断支援に適用する取り組みが始まっている。アトピー性皮膚炎では「発汗量が少なく皮膚か乾燥する」傾向がある。また、その多くの患者は汗の成分に対するアレルギーがあり、汗は皮膚の中に漏れていることが明らかになっている。そうした発汗異常の診断には、安静時の発汗状態の評価が欠かせない。広島大学 ナノデバイス・バイオ融合科学研究所 准教授の小出哲士氏は、皮膚表面の皮丘・皮溝における発汗滴の大きさと数を計測するImpression Mold法(IM法)に、深層学習による画像解析の実装に初めて成功したこの分野の第一人者である。国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)のプロジェクトで青山・小出氏らのチームが開発した「IM 画像の皮膚微細構造と汗の自動画像解析システム(Automatic Assessment for skin Microstructure and Sweating, AAMS)」は、熟練専門医による画像解析を大幅に上回るスピードと精度を達成し、臨床実験でも大きな成果を上げている。

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目次

AI画像解析システムを医療の最前線に投入

広島大学 ナノデバイス・バイオ融合科学研究所は、半導体・ナノテクノロジーを基盤として、医療やマテリアル分野のイノベーションの創出を目指す先端研究拠点である。東京医科歯科大学生体材料工学研究所、東京工業大学未来産業技術研究所、静岡大学電子工学研究所とともに「生体医歯工学共同研究拠点」に認定され、半導体ナノエレクトロニクス、集積システム、分子生命情報科学、集積医科学の融合研究で様々な成果を上げている。同研究所 准教授の小出哲士氏は次のように話す。

「研究所の主軸となるテーマのひとつに、『メディカルやバイオの技術を実装した革新的なデバイス/システムの開発』という異分野融合研究があります。研究所には広島大学病院も参画しており、医療の最前線の課題やニーズをリアルに捉えながら研究を進めていることが特徴です。私たちは、臨床医が実際に現場で利用できるデバイス/システムを常に視野に入れながら、集積システム工学を起点とする医療分野への応用研究に取り組んでいます」

小出氏は、広島大学 工学研究科で博士号を取得し、東京大学 大規模集積システム設計教育研究センターなどを経て、研究所の前身であるナノデバイス・システム研究センターに2001年に着任した。VLSIシステムとセンシングシステムのエキスパートであり、組合せ最適化問題から、集積回路設計、ハードウェア設計、システム化、数値解析、AI/深層学習まで幅広い知見を持つ。

「いま、私自身が注力しているテーマは、深層学習を利用した『AI画像解析システム』の医療現場への応用です。2016年から取り組んでいる『リアルタイム内視鏡画像診断支援システム』の研究では、内視鏡ファイバースコープを用いた大腸内の画像データに対し、AIが病変の進行度を定量化して医師の診断をサポートするシステムを開発しました。センシング機能をFPGA上に実装することで、秒間60コマで16領域を同時認識できる性能を達成しています」(小出氏)

医療現場で臨床医の診断を支援するシステムには、リアルタイムでの画像処理が不可欠だ。AIによる推論を高速に実行するために、FPGA(論理回路をプログラム可能なカスタムLSI)のようなデバイスを積極活用するアプローチは、集積システム工学に強みを持つ小出氏ならではと言える。

“IM画像自動解析ソフトウェアAAMSは、一度の処理で皮丘と皮溝を識別し、発汗滴の位置を検出し、ミクロン単位でそのサイズを計測します。皮溝にある汗と皮丘にある汗を区別できることも特長です”

— 広島大学 ナノデバイス・バイオ融合科学研究所 集積システム科学研究部門 准教授 小出哲士 氏

「内視鏡診断支援システムの成功を受け、2019年から国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)のプロジェクトに参画しています。本研究では、AIによるアトピー性皮膚炎の皮膚微細構造の画像解析を通じて、臨床医が現場で使える診断支援システムの実現を目指しています」(小出氏)

AIが皮丘・皮溝を検出し、発汗滴の大きさと数を計測

AMEDに採択された「アレルギー性皮膚疾患の病態における発汗異常の解明と治療法の開発」では、広島大学大学院医系科学研究科 皮膚科学 教授の秀道広氏(当時、現 広島市立広島市民病院 病院長)のリードのもと、発汗異常が関与する皮膚アレルギー疾患のメカニズムの解明、発汗機能の定量的な評価法の確立、診療ガイドラインの策定などを目指している。

「本プロジェクトにおける私の役割は、Impression Mold法(IM法)で取得したアトピー性皮膚炎の画像を自動解析し、医師の診断を支援するAIシステムの開発です。臨床医でもある川崎医科大学 皮膚科学の青山裕美教授のチームと緊密に連携し、深層学習によって開発した推論モデルの精度を着実に磨き上げています」と小出氏は話す。

研究代表者である秀氏の研究により、アトピー性皮膚炎の患者には発汗障害があることが明らかにされつつある。そうした患者に共通しているのは「汗が少なく皮膚が乾燥している」という発汗異常である。アトピー性皮膚炎を正しく診断してより良い治療につなげるには、安静時の基礎発汗を定量的に評価することが欠かせない。

「IM法は、皮膚表面の皮丘・皮溝における発汗滴の大きさと数を計測するための画期的な手法です。歯科用のシリコンを皮膚の表面に薄く延ばして鋳型を作成し、これを顕微鏡カメラで撮影して皮膚の微細構造と発汗滴を含んだ画像を得ます。現状では、この画像に対し専門医が顕微鏡を用いて目視で皮丘・皮溝の状態を観察し、発汗滴の位置と大きさ、数を記録していますが、この作業には熟練者でも30分程度を要し、一人が扱える件数には限界があります。本研究では、このような人手に頼っている画像解析をAI/深層学習でサポートすることを目指しています」(小出氏)

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“IM画像自動解析ソフトウェアAAMSは、一度の処理で皮丘と皮溝を識別し、発汗滴の位置を検出し、ミクロン単位でそのサイズを計測します。皮溝にある汗と皮丘にある汗を区別できることも特長です”

— 広島大学 ナノデバイス・バイオ融合科学研究所 集積システム科学研究部門 准教授 小出哲士 氏

シリコンの厚みで画像の色むらが生じる③実体顕微鏡で観察②剥離①シリコンを塗布3mm4mmシリコンシリコン発汗滴表皮エクリン腺シリコンのレプリカ

小出氏のチームが開発に挑んでいるのは、「皮丘・皮溝、発汗滴のAI自動識別機」である。開発にかけられる期間は実質1年。熟練専門医に匹敵する識別・検出・計測精度が得られるかどうかが、本プロジェクトの成否を分けると言っても過言ではない。チームには重いミッションが課せられた。

深層学習ネットワークU-Netを活用した推論モデル

IM法で取得した画像から皮膚構造(皮丘と皮溝)を識別し、発汗滴の検出と計測を高精度で行う――この難題に立ち向かうために小出氏が採用した深層学習ネットワークは「U-Net」である。U-NetはFCN(Fully Convolutional Network)のひとつであり、画像のセマンティックセグメンテーション(その物体は何か、どこにあるか)の予測に強みを持つ。

「様々な試行錯誤を経てU-Netベースのアーキテクチャに辿り着きました。臨床医のチームがラベル付けした撮影画像を教師データとし、複数の深層学習ネットワークでハイパーパラメータを調整しながらそれぞれの予測精度を評価していきました。最終的に、識別性能や演算量などのトータルスコアでU-Netの採用を決めています」と小出氏は話す。

深層学習のトレーニング工程では、教師データの「量と質」が推論モデルの精度を大きく左右する。しかし、IM法で取得した画像は絶対数が限られていたことに加え、検体(シリコンによる鋳型)の品質にもばらつきが多かった。検体はシリコンの厚さで色が変化する上に、検体を採取する部位や作業者によっても差異が出る。

「トレーニングの前処理として、教師データである画像を均質化する作業を地道に続けました。そうして出来上がった初期のプロトタイプこそ満足できる性能ではありませんでしたが、その後も秀教授・青山教授のアドバイスを受けながら教師データを工夫し、ノイズ耐性にも優れた推論モデルを作り上げていきました。そして、2019年4月の研究着手から半年が過ぎた頃、ようやく確かな手応えを得ることができたのです」(小出氏)

2020年10月に「IM画像自動解析ソフトウェアAAMS」として完成の域に達したU-Netベースの推論モデルは、プロジェクトの全員を驚かせる性能を示した。皮丘と皮溝の識別と、発汗滴の検出・計測を「数秒」という圧倒的なスピードで実行して見せただけではない。熟練専門医を上回る識別・検出・計測精度をも達成したのである。

発汗機能の客観的な評価法の確立に向けて

「IM画像自動解析ソフトウェアAAMSは、一度の処理で皮丘と皮溝を識別し、発汗滴の位置を検出し、ミクロン単位でそのサイズを計測します。皮溝にある汗と皮丘にある汗を区別できることも特長です。皮溝に出る汗は基礎発汗と呼ばれるもので、肌の状態を正常に保つ働きをします。アトピー性皮膚炎の患者は基礎発汗が少ないことが分かっており、その量を定量的に示すことで病状の進み具合の診断に役立てられます」(小出氏)

アトピー性皮膚炎の評価は、皮膚の赤み、盛り上がり、硬さなどの医師の定性的評価の指標があるものの、数値化された指標は確立されていない。IM法による画像解析は、この状況を打開し、定量的発汗機能評価の標準化に向けた基盤となる手法だ。そして、IM画像自動解析ソフトウェアAAMSがもたらすスピード化は、手作業では困難だった広範囲の観察を可能にし、より多くの検体を短時間で解析できるようにする。

「アトピー性皮膚炎の評価を定量化できると、治療薬が効いているのか、治療によって皮膚がどれだけ改善しているのかを数値で示せるようになります。これは、長期間治療を続けなければならない患者さんのモチベーションを維持する上で非常に重要なことです。また、アトピー性皮膚炎は発汗を含む皮膚の機能が充分回復していないと容易に再発するリスクがあるのですが、皮膚の見た目が改善したときに、治療を継続すべきか終了してよいかの判断にも発汗機能の数値の活用が期待されています」(小出氏)

AI診断支援デバイスの開発も視野に

AMEDのプロジェクトは、いよいよ総仕上げの段階に入った。2021年度から始められた「IM画像自動解析ソフトウェアAAMS」の臨床試験には、川崎医科大学附属病院、神戸大学病院、広島大学病院,長崎大学病院が参画し、アトピー性皮膚炎患者と健常者を合わせ百数十名の規模で検証が進められている。

「臨床試験において、『IM画像自動解析ソフトウェアAAMS』は90%を超える予測正解率を記録しています。このスコアは、熟練専門医でも見落とすような発汗滴を識別できていることを意味します。シリコン検体の気泡や塵を汗と見分ける精度も、満足できるレベルまで高まりました。プロジェクトに参加する臨床医からは、『この精度なら診断支援に実用できる』との評価も得ています」(小出氏)

「IM画像自動解析ソフトウェアAAMS」が医療の最前線で活用される日は間近だ。すでに、解析結果を臨床医が診断に使いやすい形でレポーティングするアプリケーションも作り込まれている。

「実用の初期段階では、医療機関で取得したIM法画像を安全な方法で私たちが受け取って、解析結果を医療機関に戻すようなフローを想定しています。将来的には、このAIを組み込んだ集積回路と手のひらサイズのデバイスを開発し、診察室でリアルタイムに解析結果を示せるようにしたいと考えています。ここまでの出口を想定した開発が行えることも、私たちナノデバイス・バイオ融合科学研究所の強みです」と小出氏は力を込める。

小出氏の研究室では、20台規模の計算機を運用し、日々推論モデルやAIアプリケーションの開発・改善を繰り返している。2021年には、TD SYNNEXのサポートにより、AMD EPYC™プロセッサーを搭載する最新モデル「HPE ProLiant DL325 Gen10 Plusサーバー」を導入した。

「前処理からトレーニングまでHPE ProLiant DL325をフルに活用しており、研究室内で取り合いになることもしばしばです。64コアの並列処理による高速化の効果には、目を見張るものがあります。世界的な半導体不足が発生しているこのタイミングで、TD SYNNEXの尽力により最新のEPYCサーバーを導入できたことは幸運でした。私たちの研究を進めるための大きな原動力になっています」

汗は本来、体温調整や肌の正常性を維持するための生体機能である。汗の何がアレルギー疾患を起こし、どのようなメカニズムがそれを悪化させるのか。解明は着実に進んでいる。小出氏は次のように結んだ。

「実用的な発汗評価法を確立して、これを機能改善方法の開発に結びつけ、一人ひとりの発汗障害に合わせた治療への道を拓く――そのために、私たちのAI/深層学習の研究と『IM画像自動解析ソフトウェアAAMS』が貢献できることを願っています。TD SYNNEXには、私たちの研究を支えるより良い計算環境の整備に、ITのスペシャリストとして専門性の高いアドバイスを期待しています」

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